| ■10/24/2003 | |||||||||||||||||||||
| 朝晩肌寒むの秋本番、魚の美味しい季節となりました。 皆様にはお元気でお過ごしの事と思います。 景気の方は相変わらずですが、ほんのちょっぴり上向きぐらいでしょうか? それでは、寿司の情報をお届けいたしましょう。 |
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寿司勇 店主
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| 1.津軽海峡、大間沖でクロ鮪「本鮪」の大型「百キロ上」が大漁です。値段も安く、大トロ、中トロ、赤身、ヅケ、炙り等々、握りにして口へ入れると味も深く、とろける美味しさです。この秋第一位。 | ![]() |
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| ●中トロ | |||||||||||||||||||||
| ●ヅケ | |||||||||||||||||||||
| 2.近海の大型平目「二キロ上」の脂肪(あぶら)が乗ってきました。秘伝自家製ポン酢でお造り、結構なお味です。握りは塩レモン、昆布締めでいかがでしょうか? | |||||||||||||||||||||
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| 3.小肌は新子が終りましたが、中積(なかづみ・新子とコノシロの中間を言います)迄は育っておらず、一匹付けには丁度良い大きさです。脂肪も適度にありますので、塩と酢で少しきつく締めて握りにします。好みで薄板昆布を乗せても良く合います。 | |||||||||||||||||||||
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| 4.三陸のカキが以前とは様変わりの品質になりました。漁師さん達が、山に木を植えたり、沿岸の人々が汚水を川に流さないよう気を付けたりと努力が身を結んできて、美味しいカキになったようです。剥きたてのカキを、三杯酢に放り込んで4〜5分置き、布巾で絞って軍艦にします。アツキを乗せてニキリを掃くと絶品の寿司になります。 | |||||||||||||||||||||
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| 寿司勇の二番の板前、本多和也君、通称カズは、修行五年目に入りました。掃除、洗い物、シャリ炊きと来まして、シャリ酢作り、シャリ合わせ、カンピョウ、シイタケ等の煮物、ダシ巻き玉子、自家製オボロ作り、貝類の仕込みと、この辺までを三年で済ませました。四年目は自家製干し物、様々な魚の仕込みを習いまして、本年の五月から、カウンター内に入りました。 今のところ、まだ恥ずかしがって「知らない客を前に置かないでください」などと、訳の分からない事を言っておりますが、握りの方は結構良いセンスがあります。是非一度前に座っていただいて、色々と御教授いただけると有難いと思っております。 と、まあ和也も順調に育っておりますが、困ったこともありまして、大分前からダーツにのめり込みまして、六本木ではNo.3に入る腕前だそうです。本人も「ラスベガスで行われる世界選手権に出るまでは止めない」などと、グレた事を云っております。ダーツで夜更かしを致しますと、翌日の昼間はとてつも無く機嫌が悪く、使い物になりません。 まあしかし、女や賭博に狂っているわけではありませんから、まあ、良しとしております。 お客様のお説教をお待ちしております。 |
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| 店 主 | |||||||||||||||||||||
| カズ:新潟県出身、吉田高校野球部エースピッチャー 県大会決勝で投げ過ぎて肩を壊して野球断念。 |
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| ■09/03/2003 | |||||||||||||||
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暑中お見舞い申し上げます。と言いたい所ですが、寒さの夏は、あっという間に過ぎて、二〜三日暑い日があっただけの、天変地異とも言うべき変な夏でした。 そのせいか、寿司種も可笑しい事ばかりで、すみイカの新イカ「シイカ」や小肌の新子は一ヶ月以上遅れての登場でした。きちんとした物が出たのは、つい十日前でした。「シンコ」「シイカ」は同じ時季に登場する、にぎり寿司の大スターです。それも一年に一度、せいぜい二週間の命です。それ以降は中途半端な姿になってしまい、面白くありません。季節を外れていますが、本マグロが良くて、夏の口のまずさを救ってくれます。赤見、中トロ、大トロ、漬けも炙りも結構な寿司です。 |
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| シイカ | |||||||||||||||
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寿司勇 店主
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| シンコ | |||||||||||||||
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| 独り語り「銀座」 | |||||||||||||||
| 銀座へ本格的に出入りするようになったのは、西麻布へ店を移してすぐ、昭和五十五年からでした。店が忙しくなって人が増えるのと、毎晩銀座のクラブへ通うと言うのは定番です。行きつけのクラブが出来て、係のホステスがついて、次から次へと馴染みのクラブが増えます。宵の銀座は八時九時から始まります。通りに居るボーイ連中や、バーテンとも皆知り合いです。やがて好きな女が出来ます。これがまた良い女です。そのホステスはプロですから他に一人、二人のパトロンを持っています。その事を遊びの修行が足らない道楽者は知りません。当然入れ揚げます。それを心配している純情な若いホステスが居て、私の事を好いてくれています。しかし、手練手管に絡み録られているこちらには、良い子と分かっていても気持ちは通じません。結末は芝居にあるような残酷な悲劇です。 しかし昔の銀座は良かったですね。町に、通りに風情がありました。それから、十五年ほど銀座に通いましたが、それが別に馬鹿な事とは思っていません。修行と言うには、はばかりますが、人生の通り道だったのでしょう。銀座を知らなければ、他へ行って遊んでいたでしょうから、色々な事を知ったのですからまあ、ツーぺーです。 |
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